クリスマス・ハネムーン【ML】
 夜は自分に付き添っていた佐藤にも、止められて。

 渋々。

 ハニーは、僕の病室(へや)を開けることなく、そのまま帰ったけど。

 廊下から聞こえるハニーの声は。

 朝一番には、必ず。

 問答無用で、僕に会いに来るって宣言してたから。

 僕は、彼が来る、その前に。

 病室から、逃げ出したんだ。

 日本であれば本当は。

 深夜タクシーを呼んで。

 そのまま、空港へ行きたかったけれど。

 外国での、タクシー事情なんて判らず。

 しかも、僕は。

 英語を読むことも話すことも出来ないから。

 結局、タクシーを呼べずに。

 僕は、空港に向かって、歩けるだけ、歩き……

 力尽きたのが、この浜辺だったんだ。



 ……

 嵐の来そうな、海の潮騒を聞きながら。

 僕は、一人。

 膝を抱えて、ずっと、海を見てた。



 ……人魚姫は。


 自分の意思で暗い海の底を後にしたけれど。

 明るい、人間の国にも、溶け込めずに、泡になってしまった。



 じゃあ。

 僕の場合は……?



 ……例え。

 王子に愛されていても。

 闇底からやって来た、義理の兄弟が、僕に、短剣を突きつけた。

 ……海に帰れ、と呼ぶ、人魚の姉妹のように。


 でも、僕は、もう。

 闇に生きるには、身も心も変わってしまった。

 酒も飲めず。

 冷酷にもなれず。

 喧嘩のあとに。

 自分の手が血まみれであることを自覚して。

 傷つけた相手のことを思いやってしまうようでは。

 昔の生活はもう、出来ない。

 だけども。

 僕がいくら闇の世界から、抜けた、と主張してみても。

 こんな風に追っ手がかかるなら。

 普通の人間よりも制約の多い、ハニーの身の安全は図れない。

 仕事中も、プライベートも関係なく。

 ハニーに張り付いている護衛を雇うか。

 完全に、僕と別れて無関係にならないと。

 ハニーは、僕の争いに巻き込まれ、殺されてしまうかもしれないんだ。

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