クリスマス・ハネムーン【ML】
「……別に。
 昔のコトだし……」

 傷も、刺青も。

 後ろ暗い世界から、陽の当たる場所へ抜け出る代償で。

 僕が入ってた、深さから見れば。

 僕の受けた傷は、まだ。

 軽い方だと思う。

 それは。

 まっさらな自分の肌の他に。

 もう一つ。

 僕が、知らないうちに。

 差し出されてしまった命があるから。

 関東地方に珍しく、雪の降ったクリスマスの夜。

 命の終わりが近づいていた、僕の姉が。

 長い昏睡状態から覚めて、僕の置かれている状況を知り。

 僕が、僕らしく前に進めるように、なんて祈りながら。

 まるで、自ら命を絶つかのように。

 呼吸器を自分で外して。

 微笑んで逝ってしまったんだ……

 そんな彼女が、命をかけて僕の受けるべき傷を、軽減した結果。

 僕は、生きたまま。

 そして、服さえ脱がなけば。

 外見に、致命的な傷を負うことなく。

 暴力団、なんて言う、とんでもない組織から抜け出ることが出来たんだ。



 カラダ中に残る傷の跡は『極道』の極めるべき『道』を、離れる『罰』の印。

 背中に無理やり彫られた竜は。

 また『道』に舞い戻って来る為の道標、だなんて。

 前には義理の兄貴とか呼ばされていた強面の男達に諭されたけど。

 そんなのは、知らない。

 傷と刺青があって困るのは。

 結局。

 事情の知らない人前で、真っ裸になって着替えられ無いのと。

 公衆浴場や温泉を諦めるだけじゃないか。



 ……僕は、絶対。



『雪の王子』になんて、戻らない。



 僕が、僕の半分みたいに大切な。

 姉を亡くしたあの、クリスマスの日。

 暴力と悲しみで、死にそうになりながら見た。

 都心に降りしきる重い雪にそう誓ったんだ。



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