クリスマス・ハネムーン【ML】
「……おい!
 あんたも、何考えてるんだよ!」

 ささやき返す僕を無視して。

 佐藤も、ウエットスーツ他、自分の装備を選び出すと、静かに素早く身に付けだした。

「霧谷さんのことで、心配しているのは、あなただけじゃないんです!
 こっちも、霧谷さんの身体について、再三申し入れをしているのに。
 見た目、元気な上、スキューバまでしている所を指摘されて、犯人側どころか、警察官も信じてくれません。
 調子を崩してからでは、遅いのは、判ってます。
 でしたら、わたしが、自分で動かなくちゃならないでしょう?」

「かなり遠泳しなくちゃならないよ?
 あんた、殴られて頭に傷があるよね?
 ……泳ぎ切れるの?」

 足手まといになるから、やめておけ、と言う僕に、佐藤は睨んだ。

「大丈夫です!
 あなたが泳ぎ切れるなら、わたしだって出来る!」

「新しい傷をそのままに……血を流したまま泳ぐと。
 ……人喰いザメ呼んだりして」

「人喰いザメ!」

 我ながら意地悪い僕の言葉に。

 佐藤はスキン・ダイビングの装備をする手を止めたけれど。

 それは、一瞬だけだった。

「……それでもわたしは。
 螢さんだけに任せて、黙って待っている訳には行きません」

「僕が頼りないから?
 僕だってね。
 そりゃ、英語は苦手だけど、他は使えるつもりだよ?
 見た目よりは体力は、あるし?」

「……」

 ……コイツ、僕のこと信じてないな……

 そう言えば。

 昨日の時点で、僕のことを華奢だの、何だのって言ってたな。

「わかったよ。
 じゃあ、一緒に行こう。
 その代わり、僕のペースについて来れる?
 無理なら、さっさと引き揚げてくれるよね?」

「その言葉、螢さんに、丸々返します」

 装備の完璧に揃った佐藤の言葉に。

 肩をすくめると。

 僕と佐藤は、連れ立って。

 今度こそ暗い海に向かい、静かに飛び込んだ。
 


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