カモミール・ロマンス

プシュー。バスの前方の扉が開いて勇気が立ち上がる。

すると杖を持ったおじいさんが、ゆっくりと勇気の前を通っていく。

(わー、よろよろしてるけど、大丈夫かなぁ?)

おじいさんの後ろについた勇気も半歩より小さく進んでいく。

おじいさんは尻ポケットから黄土色の年期を感じる財布を取り出す。

プルプルと震える手でどうにか360円を取り出して、お金を払う。

勇気は定期券があるので、すっと通り過ぎる。

バスから降りる為のたった三段の段差をゆっくりと降りるおじいさん。

勇気がハラハラとしながら見ているが、なんとか最後の段に足を下ろした時だった。


身体を支えている杖が地面で滑り、おじいさんが転んでしまう。

「――うえっ!?お、おじいちゃん大丈夫!?」

すぐさま駆け寄る勇気。

おじいさんの身体を起こし、優しく声をかける。

「大丈夫?痛いとことかない?」

「……あぁ、大丈夫。大丈夫だよ」

おじいさんの言葉に勇気は安心して胸を撫で下ろした。

その時だった。

「――え、りんごの香り?」





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