カモミール・ロマンス
俯いていると沙織の茶色い革靴が一歩近づいた。
そして右手首が急に柔らかく包まれる。
「……えっ」
顔をあげると、沙織が両手で勇気の右手首を掴んでいた。
勇気は嬉しいやら恥ずかしいやら、どういう状況なのか分からないやらで、混乱した。
「ユキくんとはまた会える気がします。その時にまたお話しましょう?」
にっこりと笑う沙織。
その時唐突に勇気も沙織と同じ気持ちになった。
また会える。そう信じて今日は別れられる気がした。
「あ……うん!」
うなずいた勇気。
沙織は掴んでいた勇気の腕を離す。
「それじゃあテスト頑張ってくださいね。また」
「うん、また。またね!」
体の横で手を振った沙織を、頭の上で大きく手を振り見送る勇気。
沙織の身体が塀の奥に消えていって、髪の影が風でふわりと揺れて、消えていった。
「沙織さんか……」
風に揺れる黒髪と、ほんのり甘いりんごの香り。
白い指、温かい手。
綺麗な笑顔、丁寧な話し方、そして可愛らしさ。
その全てが思い出すだけで、勇気の胸をくすぐるのだった。