カモミール・ロマンス
ただそれだけなのに。
そよ風がふわっと頬を撫でて、少しだけ冷たい風は妙に心地がよい。
それに乗ってまた、りんごの香りが勇気に届く。
「あ、あのさ……変なこと聞いても良いかな?」
勇気は遠慮がちに横目に見ながらそう言った。
沙織は口角を自然と上げて首をかしげる。
「なぁに?」
その仕草がなんだか可愛くて勇気は目を大桜に移す。
「初めて会った日から気になってたんだけど……
沙織ちゃんてさ、良い匂いするよね。なんか、ほら、りんご?みたいな」
桜の枝がわずかに揺れる。
遠くの賑わう声が妙に近くに聞こえた。
「あれ?沙織ちゃん?」
沈黙に耐えかねた勇気が沙織を見ようと首を向けた時だった。
『ピュッ』
「――わっ!!」
冷たい霧の様なものが勇気の顔に当たる。
「あれ?これって……」
それは、何処かりんごの様に甘い香りがした。
「これね、カモミール・ローマンって言う花のオイルから作った香水なんだ。
ユキ君はこの香り好き?」
小さなピンク色の容器に入った香水。
「うん、好きだよ」
勇気の言葉に沙織はこれまでで一番の笑顔を返す。