カモミール・ロマンス

美優の家は十階建てのマンションで、その六階に住んでいる。

マンションの玄関、暗証番号て閉じられたドアの前まで美優を送る。

これが二人で一緒に帰る時の決まりのようになっていた。

「それじゃあ、また明日」

繋がれていた手が離れる。

柔らかな気候なのに、急に手が冷たくなる様な気がした。

「…………翔くん。あの」

暗証番号を入力する手を止めて美優が振り返る。

美優は翔の顔を見ることができない。

俯いた先に見えたのは翔のスニーカーだった。

あと五歩。

たったそれだけの距離か埋められなくて、いつも後悔して。

友達に愚痴を言って、大好きな人を「意気地無し」呼ばわりして、後悔して。

もう、そんなことをするのは嫌だった。

美優は顔をあげて翔を真っ直ぐに見る。

「今、家に誰も居ないんです。

だから、その、翔くんさえ良かったら少しだけ上がっていきませんか?」


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