カモミール・ロマンス
昨日の感触を思い出そうと何度か自分で唇に触れてみたが、その感触を思い出すことはできなかった。

「おはよ!」

「・・・ふぇっ、わ、ユキ!おはよう」

慌てる翔に勇気は気付いた。

しかしそこは流石の鈍感ボーイ。

「朝食べてないから腹減ったー」

普段と様子の違う翔に対して「何かあった?」の詮索の一言すらない。

「ご飯はちゃんと食べようよユキ」

「分かってはいるんだけど朝はなかなかなー」

朝飯を抜いた自分を保護する為の眠気アピールなのか勇気はしきりにあくびをしている。

「翔は今日も部活?」

「まあ大会近づいてきてるしね。なんで?」

「いや、特に用事とかではないけど暇だったら一緒にプラプラしたいなと思って」

翔は心のどこかでその誘いを承諾したかった。

「キャプンが休んでたら示しがつかないからね」

「サッカー部は頑張ってると思うけどな・・・」

「ありがと。でももっともっと頑張んなきゃね」

その言葉を口にした瞬間に、自分を見下して笑っていた圭佑の顔が頭にちらついた。

それを振り払うようにして翔は笑顔を作る。

「新しく入ってきた1年生とはうまくやってる?まあ翔は優しいから問題ないとは思うけど」

鈍感なくせして、天然で悩みの核心をついてくるあたり勇気はさすがである。

翔はしばらく言葉に詰まってしまう。

それにはさすがの勇気も感づいたようだ。

「何かあったの?」

翔はわずかにうつむいて笑った。

「ううん。でも僕もゆきみたいに、何も怖がらないでぶつかれる勇気が欲しいなとは思う」

おそらく翔が圭佑に対して何かをしなくてもサッカー部は回るだろう。

歯車の一つについたサビだけなら残りの1年間で歯車の回転は止まることはないのだろう。

そんなことを考えてしまっていた翔にとってこの後の勇気の言葉は、鈍器で頭をガツンと殴られた様な衝撃であったに違いない。

「へ?オレは怖いものだらけだよ。

怖いから捕まらないように勇気出すんじゃないの?

翔が何で悩んでいるのか分からないけど、自分の気持ちが伝わらないのが怖いから言葉にするんじゃん。自分が諦めて、大切な友だちが離れていくのが怖いから、この前は必死でナオを探したんじゃん。翔は今怖いものをなくしたいの?」

「うわ・・・



ガツーンて来た」

「へ?」

翔は一人で笑って進んでいく。

勇気は本当に困った顔をしながら翔の後を追いかけていく。

望みは怖いものをなくすことではない。

怖さから逃げる自分を責めることでもない。

ただそれから目を背けずにありたいだけだった。

「ありがとユキ。今日の部活頑張るよ」

「・・・おう」

朝日は眩しいくらいに輝いて学生を照らしている。

その制服の数だけ毎朝ドラマがあることを知っているからだろうか。そんなことを考えようとして恥ずかしくなったので翔は考えることをやめた。


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