借金取りに捕らわれて
一部の常連の宿泊客にしか振る舞われない幻のプリン。

お母さんの名前で予約しとけば良かったかしら。
そしたら絶対出してもらえたわ。

まあ、今回は仕事なんだからそんなこと言ったら長谷川に怒られるわね。


長谷川の怒る姿を想像して思わずフフフッと笑いが込み上げた時、近くの扉が開く音がした。




「社長、先方から渋滞で遅れるとの連絡が参りました。」


「次の予定もある。10分待とう。それで来なければこの話はなしだ。」


その苛立ちを含んだ声にどこか聞き覚えがあった。


長椅子から反り返り首を長くして廊下の先を見れば、見知ったしかめっ面の男性がこちらに歩いてくるのが見えた。

椅子から立ち上がり、近づき難いオーラを発する男性へと敢えて近づいて行く。



「そうカリカリしてると、また眉間に皺出来るわよ。」



私の声に一瞬眉間の皺が一層深く刻まれたが、その声が誰の声かその厳つい目が認識すると、さっきまで発していた不穏なオーラが瞬時に吹き飛んだ。


「香苗。」


「獅郎ちゃん、久しぶりね。」


驚く獅郎ちゃんの後ろで、秘書らしき男性が軽く頭を下げ先程出てきた部屋へと入って行った。

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