この歌は君だけに
が、遅かった。
若い女性がフラフラと俺の方に歩いてきた。
見たところかなり酔っている。
どちらへ逃げるべきか迷っている内にガシッと服を掴まれた。
「真野…春樹さん…?」
酒で潤んだ目でそれだけ聞いてくる。
逃げ場ないな…
観念してコクリと頷くと、彼女は数回口をパクパク開閉させた後、掠れた声でもう一度尋ねる。
「黒鵺の…マキ、様?」
無言のまま俺ももう一度小さく頷く。
するとボロボロと、彼女の目から光るものが溢れだした。
ギョッとする俺に構う事なく、彼女は服を掴んだまま俺に縋り付いた。
「あ、あ…マキ、様…!」
そして突然彼女の体が重くなり、俺は慌てて彼女の細い体を支えた。
「うわぁあ、美沙!あんた何やってんの!」
ここで彼女の連れらしい女性がようやく駆け付けた。
「すみません!ちょっと目を離した隙に…あーあ、寝てるよこの子……」
ボブカットの利発そうなその女性は彼女の顔を覗き込んでそう言う。
俺はチラと座敷の同僚を振り返るが、俺の存在など忘れたように盛り上がり続けている。
「ホラ、美沙!帰るよ!」
ボブの女性はそう言って俺の腕の中の彼女を引っ張って行こうとするが、上手くいかない。
「ん~…」
友人の腕を払いのけてそのまま床に沈み込みそうになる彼女を慌てて抱き直すと仕方無く提案する。
「こんな状態ではお一人じゃあ……俺手伝いますよ。」
女性は少しだけ目を大きくして二三度瞬きした後、意を決したようにペコリと頭を下げてきた。
「有難うございます。えっと…じゃあ私、お支払いしてきますね。」
そう言うなり手早く伝票と財布を持って小走りで去っていく女性を見送ってから、初対面の男の腕の中で眠りこける彼女に視線を落とした。