この歌は君だけに
 涙でぐしゃぐしゃだが、可愛らしい方だと思う。
 酔ってさえいなければ、普段はあんな風に声を荒げるような性格ではないだろう。
 酒を飲んでいたということは二十歳は超えているのだろうが、とてもそんな歳には見えない。

 俺の半分無いんじゃないのか……。
 そう考えてから知らぬ間に歳を取った自分に、少し絶望的な気分になる。

 ふと見ると、涙で流れたマスカラが目の中に入りそうだった。
 拭ってやるべきか否か迷って、そっと指を頬に近付ける。

 「お待たせしました!」
 タイミングが良いのか悪いのか、そこに丁度友人が戻ってくる。
 行き場の無くなった手をそのまま軽く上げて見せる。

 「歩きで来たんで…タクシー呼びますね。」
 頷いて見せると彼女は二人分の荷物を纏めて携帯を取り出した。
 「電話…タクシー会社の番号知ってるんですか?」
 尋ねると彼女は握り込んでいた紙切れを見せてくれた。
 何か数字が並んでいる。

 「今ついでにレジの人に聞いてきました。」
 手際の良さに感心する。
 利発そうという初見の印象は、間違っていないようだ。

 対して、電話をかける横顔を眺めたままボーッと若い女性を抱き抱えるだけの自分の、なんとしょうもない事か。

 「タクシー、すぐ来るそうです。」
 携帯を閉じるなりそう言った彼女に頷くと、美沙と呼ばれた娘を抱き直す。
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