この歌は君だけに
やさしさの口付けを
 小林さんが先に乗り込み、相羽さんを乗せるのを手伝ってくれる。
 座席に座らせると相羽さんはそのままコテンと小林さんの方へ倒れ込んだ。
 なんだか小林さんが保護者のようだ。

 俺は後部座席のドアを閉め、助手席のドアに手をかけると後ろからえっ、と声が上がる。
 「付いて来て下さるんですか?」
 「だって…相羽さん降ろせないでしょう?これも何かの縁ですし。」
 「本当すみません…」
 「いえ、俺も暇ですから。」
 そんな短い会話の後でタクシーはゆっくりと走り出した。

 深夜の道路は走る車も少ない。
 大型のトラックや建設用車両、そしてタクシーなんかと時たますれ違うだけで、一般乗用車は殆ど見られない。
 タクシーの車内も、後ろからたまに指示を出す声がする以外は殆ど音が無かった。

 やがてタクシーは住宅地に入り、一軒のアパートの前で停車した。
 「ありがとう。」
 小林さんが後部座席から千円札を一枚渡す。
 笑顔で受け取る運転手に、俺の帰りも送ってもらえるよう頼む
 少し待ってもらう事になる旨を伝えたが、運転手は快諾してくれた。
 最近はタクシー業界も厳しいらしいから、慌てて見つかるかも分からない客を探しに行くよりは、多少待たされても乗せられる客を乗せておこうという事だろう。
 何にせよ、助かった。
 この辺は殆ど来たことがないから自分一人で帰る自信は全く無い。
< 7 / 13 >

この作品をシェア

pagetop