この歌は君だけに
 「今電気点けますね。上がっちゃってください。」
 そう言い残して小林さんは先に中に入り、歩きながら部屋中の電気を点けていく。
 俺は踵を駆使してなんとかスニーカーを脱ぐと、おっかなびっくり足を踏み入れた。

 踏み入れた部屋はなるほど『きちんと整頓されている』とは言い難かったが、まだ『生活感』で済まされる気がした。
 家具や飾りは必要最低限といった感じで、なんとなく小林さんらしい。

 しかし機能重視に見える室内の中にぽつりぽつりと紛れ込んだ若い女性らしい可愛いグッズに微笑ましい気分になる。
 キッチンの端にちょこんと腰掛けたテディベアに見詰められながら、小林さんに手招きされるまま寝室らしき部屋に足を踏み入れた。

 そこはガランとした小さめの部屋で、窓際にクローゼットが1つと壁側に小さな棚が1つ置かれてあるだけだ。
 小林さんは端に畳んで置いてあった布団を手早く広げると「ここに寝かしちゃってください」と敷き布団をポフポフ叩いた。
 言われた通りに相羽さんを横たわらせながら、小林さんに問う。
 「寝るとこ、大丈夫ですか?」
 余計なお世話かな、「大丈夫じゃない」と言われたところで俺にはどうにも出来ない訳だし…。
 しかし当の小林さんは気にしてないようにコクリと頷く。
 「ソファー代わりのマットレスがありますから、今日はそっちで寝ますよ。」
 「そうですか。」
 それじゃあ、と立ち上がろうとすると、布団の向こう側から伸びてきた細い腕にはしっと掴まれた。
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