雪割草
 歩道橋の上まで走って来た香奈は、さっきの男に歩み寄ろうとしていた。

見たところ五十代後半位であろうスーツ姿のその男は、香奈の気配には全く気付かず、さっきと同じように震えながら下の車道を眺めていた。

雨ざらしの寂しげなオブジェに触れに行くような、そんな気持ちだった。

緩慢な足取りで近づくと、そっとジャンパーを背中に掛けてあげた。

男はやっと人の気配に気付いたらしく、

「えっ、」

 声を漏らしながら、後ろを振り向いた。

 香奈と視線を合わせた瞬間、その場にしゃがみ込み、腕を交差させジャンパーの襟を掴んだ。

香奈は心配そうに背中をさすった。

「大丈夫?おじさん!

今日は寒いから風邪とかひかないようにね。

早く家に帰りな」


 顔を覗き込むようにして言ってから、ポンと背中を叩き歩道橋を下り始めた。

階段を降りながら、

「それ、ちょっと臭うかもしれないけど、ごめんね!

言っとくけど、あたしのじゃないからね!」

 香奈の声が届いたらしく、男はずっと、彼女の走り去る姿を目で追っていた。
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