雪割草
第三十二章~田園
 老婆は腰を前屈みに折り曲げ、シローと老人の方へ近付くと、

「おじいさん、この人は?」

 シローの全身を上から下までぐるりと見回し、首を傾げた。

「あぁ、リヤカーのタイヤがパンクしたそうじゃ。

替えのタイヤがあったじゃろ?

交換してやろうと思って連れて来たんじゃ。

その間ーーお茶でも出してやれ」

 老人は母屋と隣り合わせの納屋の方へと歩いて行った。

納屋の中へと入って行く夫を目で追い、やがてシローを見上げるようにして老婆は訊いた。

「あんたは、この辺の人ではなかろう?

どっから来たんじゃ?」

「えぇ……。

東京から歩いて来ました。

でも、元々地元はこっちなんですよ」

 シローはお辞儀をしながら言った。

「そうかい……。

そりゃあ、さぞかし疲れただろうに……。

ほれ、上がってお茶でも飲みなされ」

 老婆が家の中に案内しようとしたところ、

「いえいえ、俺みたいなのがお邪魔したら、家の中が汚れてしまいます。

どうぞ、お構いなく」

 シローはもう一度、頭を下げた。

「な~に、もともと汚い家じゃ、気にしなさんな」

 老婆は目元にしわを寄せ、小さく手を左右に振りながら笑った。

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