雪割草
 声のする方へ視線を向けると、ツナギ服を着た年配の男がしゃがみ込みながら、牛の下腹部を一生懸命さすっているのが見えた。

「何か、ご用ですか?」

 男は背中を向けたまま、その言葉を発した。

見覚えのある男らしい背中だ……。

視線を伸ばすと、奥の方には年配の女性が大きなタライにお湯を沸かしていた。

「………………。」

 シローはその光景を凝視しながら、何の返答も出来ずに立ちすくんでいた。

男は一旦手を休め、背中越しに振り返りながら玄関先に目を向けると、シローの方をじっと見つめた。

視線を合わせる事が出来ず、シローは下を向いてしまっていた。

男は目を細め、眉間にシワを寄せた。


そして、

「……志郎か?」

 白い吐息混じりに訊いた。

「………………。」

 シローは黙り込んだ。

知らぬ間に体全体が震えている。

陽が沈み、薄暗い周りの景色の中に、シローの体は浮き彫りになっていた。

全てをさらけ出す時が来たようだ……。

やがて、

「あんちゃん……。武雄あんちゃん……。」

 シローはゆっくりと顔を上げた。




ドサッ!

 年配の女性は、手に持っていたタライを落としてしまった。

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