雪割草
 もう一度引き返して戻ってみるか……。

シローの折れかかった心が呟いたと同時に、泥酔しているサラリーマンが目の前を通りかかった。

歩く事もままならないその男は、足をもつれさせリヤカーの荷台に手を着いた。

「おいっ、おっさん」

 男がその台詞を吐くと、酒臭い息が漂ってきた。

シローは、目を合わせまいと、じっと下を向いていた。

そういう姿がかえって、男の高揚感を煽ったのだろう……。

「ほれ!金でも恵んでやるよ!」

 おもむろに、スーツの横ポケットから百円玉を取り出すと、シローの背中にぶつけてきた。

空を切った百円玉はアスファルトの上で音を立て、そのまま道路横の溝に転がり吸い込まれていった。

シローはそれを目で追うと、男を振り切り無言のまま歩き始めた。

背中越しではムスッとした赤ら顔が、あたり構わずわめきちらしているのが聞こえていた。

どことなく、あの男にも自分と同じ匂いを、シローは感じていた。

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