雪割草
 シローはハンドルを握りながら、涙が溢れてくるのを堪えた。

今ここで涙を零してしまったら、すべてが終わってしまうような、そんな気がした……。

しかしーー美枝子の頬には涙が流れ、遠い空へと飛ばされていった。

「シローちゃん……。シローちゃん?」

 涙混じりの声に、シローは応えた。

「どうした美枝子。

どこか、痛むか……。」

 それが、精一杯の言葉だった。

揺れ動くリヤカーの荷台には、雫で濡れた跡が薄く滲んでいた。

涙を拭おうとしたのか……。

それとも、手を伸ばそうとしたのか……。

彼女の指先が、かすかに動いた……。

 冷たい風に体を打たれ、美枝子は静かに首を横に落とした。

最後の……。

最期の言葉を残して……。

「シローちゃん……。

さよなら、シローちゃん……。

先に逝って……。

ジャガイモを茹でて、待っているわ……。」

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