雪割草
 「うーん……。

野暮用があって……。

新宿からここまで、リヤカーを引きながら歩いて来たんです。

今夜は、この辺に泊まろうと思って……。」

 シローが真剣な眼差しで答えると、一番奥のベンチに座っていた男が゛仕方ないな゛というような顔をして立ち上がり、

「この道を真っ直ぐ行くと交差点があって、そこを左に曲がるとラブホ街だ。

それを抜けると川があるから……。

そこの河川敷なら大丈夫じゃねえか」

 交差点の方を指差しながら教えてくれた。

シローは軽くお辞儀をすると、

「ありがとう」

 そう言って指示された方角へと、リヤカーを引き始めた。

彼等はまた、ガヤガヤと談笑を始めた。

すると、

「おい!おっさん!」

 急に呼び止められた。

シローが後ろを振り向くと同時に、何か黒い物が放物線を描きながら飛んできた。

無意識でそれをキャッチした。


暖かい缶コーヒーだった……。

ベンチの男が立ち上がったまま、大きな声で言った。

「頑張れよ!おっさん!」

 シローは照れ笑いを浮かべ、もう一度お辞儀をすると、リヤカーを引っ張り始めた。

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