彼の泣き虫事情


 忘れているということすら忘れてしまっていた自分を、思い出した時、どんな気持ちなのだろうか。彼に忘れられるだけで辛い気持ちになってしまう私になんて、到底想像できるものではない。

 そして、もう何も思い出さない方がいいのかもしれないと思う半面、私のことは忘れないで欲しいと願う私は、つまりは最低なのだ。

 陽太のことを想えば想うほどに、自分のことばかりしか考えられなくなってしまう事実だけが、冷たい雪のように脳に突き刺さる。

 自分が泣いている事にも気づかずに、私は陽太と共に泣いていた。


「きよ、どないしたん?」
「……え?」
「泣いとんの?どっか痛いん?」


 先程の陽太の面影は既になかった。涙の跡さえあるものの、表情は至っていつもの陽太で、涙を流す私の顔を心配そうに覗き込む。

 二人の会話が消えて、1、2分。たったそれだけの時間でも、彼が大事なものを失うには十分すぎる時間なのだ。

 ああ、忘れてしまったんだ。そう、思った。


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