43歳の産声
苦悩
数週間経って私と母は退院したが、私の苦悩は続いていた。
病院にいる期間も私は私のことを考え続けた。
医学的にも科学的にも解明できない現象が今、私に起きている。
これが世界に知れわたるとすごいことになるだろう。
だが私はそれを伝えてはいけない。
世界が混乱をまねくからだ。
だから、私の口からは…、いや待てよ、私は話すことが出来るのだろうか。
試してみてもいなかった。
私はなぜか病室にあったリンゴを眺めて言葉をはなってみた。
「アップル」
流暢なカツゼツで私は言った。
なぜ英語なのかは私にもわからない。
ただ私は日本語どころか英語も話せることがおかげでわかった。