アマーティ
レッスン室

アマーティの調べは甘く、心地よく。うっとりとする。

ほう、と息をつき、僕は弓を下ろす。やはり良い音がする。ニコロ・アマーティ。

「早く返してよ。」

冷たい声音に、僕は我に帰る。

「ああ、ごめんね。」

僕は布でざっとヴァイオリンを拭うと、傍らの彼女に楽器を渡した。

「お願いを聞いてくれて、ありがとう。一度弾いてみたかったんだ。」

いぶかしげな顔の彼女に、言い添える。

「君がいつも、とっても良い音を出しているから。」

「良い音なのは当たり前よ。本物のアマーティよ、これ。」

「そういうことじゃなくて・・」

どう伝えれば。

僕は分かりあぐね、ちょっと微笑んでごまかした。君が毎日触る楽器だから一度弾いてみたかった、なんて言ったら蹴り飛ばされそうだ。

「留学するんですってね。おめでとう。でも私もすぐに追いつくから。負けないわよ、あなたなんかに!」

「うん・・待ってる。じゃあ、僕はそろそろ行くよ。ヴァイオリンを弾かせてくれて、本当にありがとう。」

彼女の顔をこれ以上見ているのが辛く、僕は逃げるようにレッスン室を後にした。

すぐに、彼女のヴァイオリンの音色が聞こえてくる。

・・ごめんね。僕は嘘をついた。

ヴァイオリンをやめるんだ。僕。

音楽の為に留学するなんて、嘘なんだ。

負けず嫌いの君ならば、こう言えば。きっと腕を上げてくれるだろう。

なんて、計算をした。僕の言葉が、君の糧になれば、と。

遠くに行くのは本当だけれども。

音楽の道を歩むのをやめる僕と、何が何でもヴァイオリンを弾き続けるであろう君の行き先は。二度と交わらない。永遠に。

さようなら、君。

何度でも思い出すよ。

彼女が弾くヴァイオリンの調べ。彼女の楽器で、僕が奏でた調べ。

アマーティの二重奏。

一度きりの。

ドルチェ。




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