よっしゃ、恋愛小説を書こう
なんとなくで、あたしはそれを手に取っていた。

『我輩は猫である』……。

猫の視点で書かれた話っていうことと、タイトルのセリフが冒頭に使われてるってこと以外、知らない。

でも、啓介がいつまでもいつまでも、何度も何度も読み返すくらい、……そんなにおもしろいのかな。

気になって、パラリと一ページ目を捲る。

たまらず、吹き出した。

一ページ目、タイトルの下の空白に、相合傘の落書きがしてあった。

あたし、啓介の名前で。

ついでに言わせてもらうなら、あたしの字だ。なんでわかるかって?

実はあたしは、小さい頃は『す』を鏡文字で書いてた。

相合傘の中の『けいすけ』の『す』は、まさにそれだった。

「え、ちょっと待って、えー、なにこの文庫……」

パラリとページを捲ってく。

『けーちゃん、すき』
『おれも』
『けっこんする』

とか、ハートとか、落書きがたくさん。

たぶん、小さい頃のあたしが描いたんだろう、あたしと啓介が、仲良く手を繋いでいるものすごく下手な絵とか。

ハートで囲んである『けい『す』け』だったりとか。

やっぱり鏡文字になっている『す』きだったりとか。

無性に、恥ずかしくなってくる。

これは……小学生に入る前の、あたしじゃん。

小学校に入ってからは、あたしも運動が好きになって、負けず嫌いになって、啓介と張り合うようになって、すきとかじゃなくてバカっていうのがスキンシップになってた。

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