五里霧中



*   *   *


小さい頃、アタシには名前がなかった。


それどころか言葉さえわからず、自分がボクなのかワタシなのかも知らなかった。



一言も喋らずにただ窓の外を眺める毎日。


不幸だとは思わなかったけど、幸せだとも思わなかった。


お腹が空いたら水道の水を飲めばいいし、寒かったら丸くなって眠ればいい。


お母さんはアタシのことなんて興味がないみたいで、毎日違う男の人を連れ込んでは奥の部屋で何かしていた。


アタシもお母さんに興味なんてなかったから、その間もずっとずっと窓の外を眺めていた。



側にあっても決して届かない、窓の外を。


アタシは飽きることなく延々と眺め続けていた。



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