ありがとうさえ、下手だった
ラビットが俺の隣まで椅子を引きずって来て腰を下ろす。
「覚えてる?夜十が初めて来た時のこと」
「…ああ」
書類と向かい合いながら小さく頷くと、彼女は大きな目を丸くした。
ウサギを掲げてそれに話しかけるような体勢で、意外そうに言った。
「刹那さんでも覚えてるんだ」
「どういう意味だ」
読むだけ時間の無駄だと思い、依頼状を読むのを放棄してラビットの方に向き直る。
依頼人の暗い希望と欲望が肩にのしかかっているように、肩が重かった。
ラビットが艶めかしく微笑む。
服装のせいもあって、本当に人形のようだった。
「だって刹那さんは数え切れないほどの人を殺しているもの。その中で記憶に残っている依頼なんてほんの少しでしょう?」
「そうでもない」
前髪を掻きあげると、視界がはっきりと開けた。
今まで殺してきた者のことはすべて覚えている。
引き出されることはなくともちゃんとしまいこまれている。
殺されていく者のあの表情ひとつひとつを、忘れたことなんてなかった。