ありがとうさえ、下手だった
彼女と同じく背もたれに体を預けながら、俺は項垂れる。
「人を殺すことを、楽しいと思ったことはあるか?」
彼女は少し驚いたように目を見開き、それからいつものように大人びた笑顔を見せた。
「楽しいと思ったことはないよ。…でも、うれしいと思ったことはあるね」
たとえばそれは、麻薬のような。
血にまみれた俺たちは、その甘さに酔いしれている。
普通の感覚なんて、もう持ち合わせてはいなかった。
「依頼を早くこなして刹那さんに褒められた時、私は最高にうれしかった」
それだけ言って、彼女は俺に背を向けた。
靴のかかとが床に当たり、軽快な音を響かせる。
その音はこの雰囲気とはおよそ似つかわしくなくて、何だか笑えてしまった。
知らなかったわけではない。
ただ知りたくなかっただけだ。
だってそんなことのために気を散らすなんて馬鹿げているだろう?
恋だの愛だの、そんなものはただの幻想だ。
彼女はきっと夢を見ているだけだ。
暗く孤独なこの世界から、心だけでも抜け出そうとしているだけだ。
そしてその相手には、長年ここに住まう俺が適役だった。
返事なんて彼女は必要としていないだろうし、俺もしようとは思わない。
だがどうしてだか、その言葉だけでずいぶんと肩が軽くなった気がした。