ありがとうさえ、下手だった


気付けばナイフの先端を彼女の眼前に突き付けていた。

濡れた瞳が瞬きもせず、ナイフを通り越して俺を見つめる。

「…刹那さん。私は、あなたにとても感謝している。だからこんな哀しいことしてほしくない。
あの時のあなたは、確かに優しかった。今でもその心が消えたわけではないと…信じているよ」

彼女の言う「あの時」を思い出して手が震える。
自然と口元が歪んでしまう。

あの時の俺は、なんと愚かだったのだろう。
そしてその愚かな俺は、今も彼女に幻想を見せ続けている。




――「あなたが殺し屋なの」

疑問ではなくほとんど断定するような口調で、彼女は路地裏に入って行こうとする俺の腕を掴んだ。

「…そうだが」

隠す必要もないと思い、頷く。
どうせこう言っておけば、それが嘘であっても真実であっても気味悪がってどこかへ行くだろうと思っていた。

殺し屋という肩書きは、面倒な奴を追い払うのには打ってつけだった。


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