ありがとうさえ、下手だった


気遣わしそうな視線、背中から頬に移動してきた手、接近してくる甘い匂い。

全部が煩わしくてしかたなかった。


「刹那さん…。私、聞いたことなかったよね」

何を、と聞こうとしたが、吐き気がせり上がってきて声を出すことも叶わない。

俺の手から落ちた紙は床の上を滑ってずいぶん遠い所にあった。

「刹那さんが、殺し屋になった理由を」

下腹部がずきずきと痛む。
これは肉体的な痛みか、精神的な痛みか。
そのどちらでもあるような気がした。

「それで苦しんでるなら、今すぐ話して。
楽になるから」

お前に話して、楽になどなるものか。
なってたまるか。

俺は救われてはいけない。
こんな世界にいる時点で、救いを求めることなど諦めた。
そうすることが、殺された者への償いだと思っていた。

「俺は、」

けれど、もう。

「俺は…」

限界だ。



「ずっと、

孤独だった」


< 32 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop