【短編】ありふれたメロディ
「帰ろ」
そう言われて初めてこの時間が終わることに気付いた。
そう思ったら足が動かなかった。
「優太くん?」
菜月さんが止まって振り返る。
そしてオレの顔を見て、優しく笑った。
「仕方ないなぁ、はい」
菜月さんの右手。
オレは菜月さんの顔を見て、ゆっくりとその右手を握る。
「帰ろ」
「はい」
菜月さんの歩調に合わせて歩いた。
左手に感じる温かさが、くすぐったくて幸せで。
この時間が止まって欲しいと思った。
駅まで来て菜月さんが立ち止まる。
「……菜月さん?」
今まで見たこともないような表情だった。
菜月さんはうつむいたまま地面を見ていた。
「優太くん、あのね?」
ゆっくりと上げた菜月さんの顔は無表情で、そこから何も読み取ることができなくて、オレを余計に不安にさせた。
「ごめん、やっぱり何でもないや」
そう言って笑って、菜月さんは帰っていくのだった。