幕末怪異聞録
それから寺田屋に行き、戸を開けた。
「すいませーん!灰鐘という者ですが……!」
時雨の呼び掛けに奥から返事が聞こえ、優しそうなおじさんが出てきた。
「ああ!灰鐘さん!お待ちしとりました。」
ニコニコと笑う寺田屋の宿主。
その様子に時雨は愛想笑いを向けた。
「昼間、あやかしがいるかもしれないと聞いていたんじゃが、そんな気配が全くしないんじゃが、どう言う事じゃ?」
ここでも“灰鐘陽輝”として振る舞う時雨。
特にこんな胡散臭い人に対しては絶対素を見せたりしないのだ。
そんな時雨の笑みが恐ろしかったのか、宿主は顔をひきつらせた。
「騙すような真似してすんまへん。
あんさんを呼んだんはある人に頼またれんどす…。」
「ある人…?」
ピクリと反応する時雨だが、宿主に「此方です…。」と案内されたため素直について行った。
(―――まさか西沢じゃねぇだろうな…。)