幕末怪異聞録
「もう遅いだろうな…。」
「え?」
桂は眉間に皺を寄せ、苦々しい表情を浮かべた。
「いくら説得しても聞く耳持たずだ。恐らく近くまで来ているか、すでに京に入っているだろうな。」
そんな諦め腰な態度の桂が気に食わなかったのか、時雨はバンッと立ち上がった。
「あんたは何故ここにいる?」
「……。」
「説得しただと?失敗してんなら説得したことにならねぇんだよ!
止めたいなら行こうとする奴の手足を落とすくらいしてみろ。腑抜け野郎が…!」
そこには明らかな怒りの感情があった。
初対面の何も知らない相手に怒りをぶつけるのはお門違いであると分かっていたが、指を加えているだけの桂に我慢ならなかったのだ。
「し、時雨さん!?」
勢い良い立ち上がり、襖に手をかけた時雨は坂本の声に応えるように振り返った。
「長州には全く用はないが、私は西沢に用がある。それじゃあな。」
そう言うと時雨は出て行ってしまった。