幕末怪異聞録
『何故私がそのようなことをせねばならんのだ。』
腕を組み、時雨を見下ろす様は神と言うより王であった。
「――アサツユと話してたら苛々して早く死にそうだ。」
アサツユとはこの神の名前であり、神社の名前の由来でもある。
『残念だが、そうやって言っている奴程長生きするんだ。』
「……。」
この終わりのない押し問答に折れるのは何時も時雨であるが、嫌味を言っても屁理屈で返ってくるからすぐに飽きてしまうのだ。
そんな様を見て楽しんでいるのがアサツユだったりする。
『―――これから大きな時の流れが来る……。』
「――!?」
坂本が去った方をジッと見つめるアサツユの顔は真剣そのものだ。
幕末という時代。
とても不安定であり、いつ大きな戦が起こっても不思議ではない時代。
漠然とではあるが、この平穏な時がもうすぐ終わってしまうかもしれぬと時雨は少なからず感じていたのだった。