幕末怪異聞録
「先程まで近江屋にいた。あの部屋にいた坂本龍馬と中岡慎太郎は、影武者……。何故そのようなことをした?」
そうだったのだ。
あの場にあった亡骸は、坂本龍馬ではなかったし、中岡慎太郎と名乗った男もそうではなかった。
もっとも、式神を飛ばした時点で坂本と中岡が京にいない事は分かっていた。
そして、コンが本当に助けたかったのは影武者の坂本龍馬だった。
コンはその坂本龍馬とよく遊んでいたのだった。最後に会った日に長州のお偉いさんに人助けを頼まれたと聞かされていた。
しかし、それが嘘だったことを違う人から聞き、慌てて時雨の所にやってきたのだった。
それを聞かされた時雨は、とても頭に来たようで、こうして桂の前に立っているのだ。
何故時雨がこうして怒りを露(アラ)わにしているのか予測がついた桂は口を開いた。
「暗殺の件が耳に入ったのは一月程前だった。半信半疑だったが、薩摩の大久保さんから聞いた話だった故、こちらも信じたんだ。坂本君は長州と薩摩にとっては恩人のようなもの。その様な人物をみすみす殺させる訳がないだろう?だから、影武者を立て、坂本君らをイギリスに行かせたんだ。」
何となく理解した時雨は、また一つの疑問が現れた。
「何故えげれすだったんだ?」
ただ純粋な質問だったが、桂は「それは言えない。」と答えてくれなかった。
「ーーケチ……。」
「誰がーー!!」
「桂ー!入るぞー!」
桂が怒ろうとした瞬間、誰が襖を開け、部屋に入ってきたのだ。
これには些か驚き慌てた時雨。
「か、勝手に入ってこないでくださいよ。伊藤さん……。」
伊藤と呼ばれた男も、まさか女がいるとは思わず、少しの間固まってしまった。