幕末怪異聞録
近過ぎる距離に、時雨は伊藤の胸をグッと押した。
「強引過ぎる男は嫌われるぞ。」
「分かってないな~。強引過ぎる位が女には丁度いいんだよ。」
そう言って抱きつく伊藤。
流石に呆れる桂は、「程々にしてくださいよ。」と頭をかいていた。
「ーー鬱陶しいんだよ!田舎侍が!!」
ドンッ!
怒りが頂点に来た瞬間伊藤を突き飛ばした時雨。
もちろん伊藤は尻餅を着いたが、その手には黒い物が……。
「ーーあっ……!!」
やってしまったと言わんばかりに顔を歪める時雨の頭は、黒い鬘が取れ、黄金色の長い髪が露わになった。
「お前はーー!!」
「じゃ!そろそろお暇する!!」
何か言いたそうな伊藤の言葉を遮り、時雨はバタバタと外へ出て行った。
(ーー完全にやってしまったな……。)
ぴょんぴょんと木や垣根を超えて行った時雨。
遠くで「時雨ちゃーん!まだ話は終わってないぞー!」と言う伊藤の声が聞こえて来たが、専ら無視して逃げた。
(ま、長州の奴らとはもう関わりがなくなるだろう。)
楽観的に考える時雨は、急いで自分の宿へ帰って行った。