幕末怪異聞録
昼からずっと寝ていた時雨は、次の日には完全に元気になっていた。
「———時雨ちゃん復活ー!!」
「“時雨ちゃん”て言う年じゃないだろ……。」
「今日は犬鍋かぁ……。」
「お、俺を鍋にするな!!」
いつものやり取りであったが、狼牙は早く京に発ちたい一心であった。
「なぁ、早く京を出て行かねぇか?」
そんな狼牙の気持ちが分からんでもない時雨。
困ったように頭をかくその様は、まるで新選組を助けたいと思っているようであった。
そんなどっち付かずな態度を取る時雨に、狼牙は苛立った。
「まさか奴らとまた共に過ごしたいと思っているのか!?お前がまた苦しむのは目に見えてんだよ!!」
「……。」
眉尻を下げて笑う時雨。
「————すまないな、狼牙。江戸でひっそり暮らせば長州から追われることもないだろし、平穏な日々を過ごせるだろう。だがな、どうもそれを私が許さないらしい。私の魂は、しかと時代の波を目に焼き付けろと訴えているんだよ。」
久々に見る、時雨の強い眼差し。
そんな生き生きした時雨を見れば、狼牙は何も言えなくなってしまった。
「——ずりぃよ……。時雨。」
「すまんな。」
そう言って時雨はくしゃっと狼牙の頭を撫でた。
そして、しっかりと狼牙を見据えた。
「お前は江戸へ帰れ。」