幕末怪異聞録
時雨はキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いた。
(絶対どこかにいるはずなんだけどなー……)
それから暫し歩いた頃、中庭の椅子に腰掛ける一人の男の姿を見つけた。
「——あっ……!」
時雨は口角を上げ、中庭に降り、その男に近づいた。
「——隣、宜しいですか?」
突然やって来た時雨を見て、驚いたように目を見開いたそのその男は、静かに「構わんよ。」と言ったのだ。
ニッコリと笑った時雨だったが、その男は既に時雨の顔など見ていなかった。
見つけた時から感じていたその男の印象は、“暗い”だった。
その理由も心当たりある時雨は早速声をかけた。
「——あんた、平助斬った奴だろ?」
その言葉を聞いた瞬間その男はパッと顔を上げ、時雨に目を向けた。
この男こそ、藤堂を斬った三浦常三郎だった。
「嬢ちゃんは……確か油小路におった子だったな。」
そう言うと三浦は目を伏せた。
「私は組長達の意志を汲み取ることができずに藤堂先生を殺してしまった……。」
「……。」
時雨はやっぱり…と小さく呟き、苦笑いをした。
そして、ポンポンと三浦の肩を叩いた。
「そんな思いつめない方がいいと思うよ?」
その言葉に三浦は顔をしかめた。
「気にするなと言われても……。」
「そもそも、気にする方が違うだろ?
あんたは自分の仕事をしたんだ。それに平助だって、自分が歩んだ先に待っていたものが死であればそれを受け入れる。そんな奴だったはずだ。
誠の武士ってもんはいつ死んでも後悔しない生き方してんじゃないのかい?」
そう言って時雨はニッコリと笑った。
呆気に取られていた三浦もフッと頬を緩めた。
「ーーそれもそうだな…。有難うな、嬢ちゃん。」
「どう致しまして。」
先程とは打って変わって晴れ晴れとした顔を見た時雨は、満足したように立ち上がりその場を後にした。
そんな三浦が藤堂に付けられた傷により命を落としたのは、また数日先の事であった。