幕末怪異聞録
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昨晩のようにまた皆が寝静まった頃、灰鐘は前川邸にいた。
「月がよく見える……」
ただ違うのは、昨日のように妖怪を斬っていないことであった。
木に登り、夜空に浮かぶ少し欠けた月をぼんやり見上げているばかりだ。
「時雨、仕事しねえのか?」
下から小さい声が聞こえてきたため下を見ると、浅葱色の羽織を羽織っている原田がいた。
無視するわけにもいかず、とりあえず木から飛び降りると
「お前どんな足腰してんだよ。」
と原田に言われてしまった。
「と、言うかがたいの良いあんたでも小さい声出せるんだな。
かなり意外だ。」
そう言ってニヤリと笑う灰鐘に原田は「当たり前だ。」とため息を吐いた。
「それより妖怪退治しねえのか?
もしかしてもういなくなったのか?」
妖怪が屯所内をうろうろしているから灰鐘はいるのに何故木の上で油を売っているのか疑問だった。