花日記
*白拍子
「起こしたか。」
「いいえ。」
女は体にとりあえず布をかけて起き上がり、乱れた髪を整える。
見た感じ美人だと思って声をかけたが、こうしてみるとなかなかいない、本当の美人だった。
「あなた、大分遊び慣れてるのね。」
「…ああ。」
「ねえ…」
「ん?」
「何で、そんなに寂しそうな目をしてるの?」
「寂しそう?」
俺がか?
「なんだか、現にあって現にない目だわ…。」
現にあって現にない目…。
「誰か、忘れられない女(ひと)でもいるのかしら?」
ふと、綾子の顔が浮かび上がり、すぐに消えて今度はさっきの白拍子の姿が浮かんだ。
待て、待て待て待て、俺!
綾子は一昨日降ってきて、あの白拍子に会ったのはついさっきだ。
有り得ないだろ。
「いるのね。
いいのかしら、色街なんかで遊んでて。」
女はふっと笑った。
「いいんだ。」
もう何も言うな、と唇を塞ぐ。
「それとも、忘れてしまいたい?」
女は口づけの合間にそう言い、俺はその通りだ、とまた口づける。
ああ、駄目だな。
忘れるどころか、どんどん濃く、鮮明になる。
それでも──
一時でも、現から抜け出したい。
また、一夜の夢に溺れていく。