花日記
気が付くと、日はもう高く昇っていた。
まずいな、朝の会議はもう始まっているだろうし、今から戻っても管領や親父にこっぴどく説教されるだろう。
けど、帰らないと御所だけでなく京を巻き込む大騒ぎに成り兼ねない。
仕方がない、これから帰るか。
脱ぎ散らした着物を着ていく。
「帰るの?」
隣でまだ眠っていた女も起きて、自分も服を着る。
「ああ。」
「また、会えるかしら。」
一夜明けた後のお決まりの台詞だが、この女だと悪い気がしなかった。
「さあな。」
いつもみたいに冷たくあしらわず、曖昧な返事を返す。
「さあなって…。
まあいいわ。
私の名は近江よ、覚えておいて頂戴。」
「…わかった。」
それからは一切無言のままで、俺は遊郭から出て、高く昇った太陽を背に、早足で御所へ向かった。
御所の門には番の者がいて、正面からは入れないが、俺は遊び用に秘密の隠し扉を作っいて、いつもそこから出入りしていた。
花の御所と呼ばれる室町幕府の中枢、室町殿の敷地は広大だから、ひとつやふたつ、隠し扉を作ってもなかなかばれないのだ。
その隠し扉から乱破気取りの忍び足で部屋に戻り、何食わぬ顔で座る。
会議が終わるまでは安心だと高をくくっていたが、俺はあいつのことを忘れていた。