花日記
綾子は何も言わなくなった。



俺はいたたまれなくなり、その場に寝転がる。



布が畳と擦れる音がして、また静かになった。



「──失礼つかまつります。
公方様、御戻りとお聞きいたしましたがいらっしゃいますでしょうか。
成兼にございます。」



部屋の外から声が掛かる。



訪ねてきたのは、大谷伊予介成兼(おおたにいよのすけなりかね)──正家と共に居たのを母上に拾われた俺の家臣だ。



名の伊予介はもちろん僭称である。



正家とは兄弟ということになっていて、成兼が兄で正家は弟。



年は俺と同じらしい。



「いるぞ。」



俺が返事をすると成兼はなんの躊躇いもなく部屋に入り、俺の側に来る。



一瞬、綾子を見て眉をひそめたが、また俺に向き直り話し出す。



「今夜、管領が主催した宴があるの覚えてるか?」



成兼は俺に敬語を使わない。



お互い赤子だった頃から一緒にいて、気心も知れている。



俺と成兼は兄弟のような関係だし、敬語を使わないでいてくれるのが嬉しくもあり、気楽でもある。



将軍という立場でそうしてくれる相手がいるのは、本当に嬉しい。



「宴?」



あったか、と首をかしげる。



「はぁーっ。
やっぱり忘れてたか。
伝えに来て良かったわ。
夕方、政が片付いたら親父どもが呼びに来る。
仕度しろ、仕度を。
ほら、よさそうな着物持ってきたから。」



「ああ、悪い。」



俺は着物を着替えるため、立ち上がって帯を解いた。



そうしたら、きゃっという短い悲鳴がして、声のする方を見ると綾子が顔を真っ赤にしていた。



「ちょ、ちょっと!
ここで着替えるんですか!?」



「そうだが?」



俺の部屋はここだし、ここ以外で着替える必要がどこにある。



「止めて下さい!
女の子の前で、デリカシーが無さ過ぎます!!」



「でりかしい?」



何だそれは、と聞き返す。



「デリカシーはデリカシーですよ!!
気遣いとか、細やかさとか!!」



「ならばそう言え。
デリカシー、ではわからん。」



「えっ?」
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