花日記
わりと気分良く呑んでいると、舞台では猿楽師が舞を終えて頭を下げていた。
褒美を請っているのだろう。
「公方様。」
俺が何も言わなくても、すっといくつかの反物と金を用意して差し出してきてくれる成兼。
俺はふっと笑って、畳んだ扇を持った右手を前に出した。
褒美としてくれてやる、と。
これで満足か?と嘲笑う意味も込めて。
成兼は反物と金を猿楽師に渡し、猿楽師はあくまで謙虚にそれを受け取る。
猿楽なんて大して面白いとも思わないが、義満爺さんが世阿弥とかいう猿楽師を大層気に入っていたらしく、幕府が後ろ盾として推奨したため京にはたくさんの猿楽師がいるし、こういう宴には大抵呼んでいる。
成る程、親父が来なかったのはそういうことか。
親父は義満爺さんとはかなり仲が悪く、親父は爺さん好みのものを嫌っている。
世阿弥系の猿楽もそのひとつ。
そして親父は猿楽よりも田楽を好んでいる。
今日きた猿楽師は世阿弥の弟子の一人。
親父は来なくて当然だ。
母上の体調が優れないため、というのはちょうどいい方便なんだろう。
俺は別に猿楽なんか好きでも嫌いでもないが。
猿楽が終わると、今度は白拍子が舞台に上がった。
白拍子は最近数が減ってきている。
猿楽や田楽がの方が流行ってきているから、白拍子の一座もどんどんそっちに目が向いて取り入れているからだろう。
鼓や笛が鳴り出し、いよいよ舞が始まる。
舞台の上には三人の白拍子。
白拍子達が水干の袖で隠していた顔を上げた途端、俺の目は左の女一人にくぎ付けになってしまった。