花日記
「取り戻したいとは思いません。
私は夕凪という名も気に入っております。
大事な恩人が下された名でございますので。」
夕凪はそう言って、またにっこりと微笑む。
その美しい笑顔に、俺も思わず笑みがこぼれた。
「お前は笑っていた方が良い。
お前には笑顔が良く似合う。」
夕凪の頬が赤く染まる。
「そ、そのようなことを申されたのは、貴方様が初めてにございます…」
「そうか?
俺は思ったままを言ったつもりだが。」
「あ、ありがとう、ございます…」
ごく小さい声で言われたその言葉を聞いて、満たされた気持ちになる。
「お前も飲め。」
ここは宴の席のはずなのに、周りの騒がしさをあまり感じなかった。
田楽の楽器の音で、はっと気が付き、いたたまれなくなってとっさに酒をとり、夕凪にすすめた。
「忝けのうございます。」
杯を受け取るとゆっくりと飲み干し、
「美味しゅうございます。」
と笑う。
夕凪は思いの外酒に強く、つい嬉しくなってしまい、俺もつられていつもよりずっと多くの酒を飲んでしまった。