花日記
俺が姿を見せたことで、綾子付きになった侍女達が一気に華やぐ。
「綾子は中か?」
その侍女達に聞くと、「はいっ!」と一斉に大きな返事が返る。
「姫様にお伝え致します。
申し訳ございませんが、少々お待ちくださいませ。」
俺が無言で頷くと、身分の高いオバサンが中へ入っていった。
オバサンはすぐに戻ってきて、俺の前で頭を下げる。
「どうぞ、御入りください。」
その言葉を受け、侍女が襖を開けてくれたためそのまま綾子の部屋に入った。
「綾子、邪魔をする。」
無言で入るのはいささか気が引けて、適当に声をかけた。
綾子はポカンと間抜けな表情でこちらを見ていた。
上座の敷物が空いていて、綾子はその横の辺りに座っていたので、俺はいつもの上座に座る。
俺が座る時の衣擦れの音だけがやけに大きく響いて、部屋は静寂に包まれた。
お互い、何と話し掛けたらいいのかわからないのだ。
口を開きかけて、また閉じる。
それの繰り返し。
その空気にいたたまれなくなって、ついに決心して声を発した。
「宴は、どうであった?」
たいしたことない、普通の話題。
それを切り出すだけのことたのに、何故こんなに迷い、考え、緊張するのだろう。
普通に、話し掛けることすら憚られるような、そんな不思議な感覚に陥る。
綾子といると、俺が俺で無くなってしまう気がする。
本当はもっと話したいのに。
綾子に美しい花や、鳥や、和歌や、漢詩のことを話したいのに。
綾子のいた、未来の世界のことを聞いてみたいのに。
たったそれだけのことが、とても難しいのは何故だろう。