花日記
部屋には何故か、成兼がいた。
「何故お前がここにいる。」
眉間に目一杯皺を寄せて問うと、成兼はへらへらした口調で
「将軍様の説教に来た。」
と言った。
「説教?」
「姫の部屋の前を偶然通り掛かったら、泣いてる声が聞こえた。
お前もいるみたいだったから、何かしたんじゃねぇかと思って、待たせてもらったぞ。」
そう言って、成兼は口元だけでニヤリと笑う。
俺はそれを見て、盛大に眉間に皺が寄ったわけで。
「俺ァ、何もしてねえぞ。」
「なんだ、つまらん。
姫を無理矢理手篭めにしてんじゃないかと思ったのに。」
「馬鹿が。」
「おぉ、ひどい。
だが、それなら涙の訳はひとつだな。」
「何だと?」
こいつは、綾子が泣いた訳を知っているのか。
俺ですら、わからなかったのに。
何故、こいつが。
「おっと、その顔じゃ、公方様は涙の訳がわからぬと見た。
嫌だねえ、天下の将軍様が女の泣いた理由もわからないなんて、なあ。」
「煩い。
教えろ。」
「はあ?
お前、本気でわからないの?」
「…。」
成兼がやれやれ、と肩を上下させる。
それが無性にいらいらする。