花日記
俺はしばらくして、綾子の部屋を後にした。
夕餉の時間になってしまい、小姓たちに無理矢理連れ戻されたのだ。
侍女たちは、何事かと言うようにそれを見ていた。
まるで、嵐が過ぎ去るかのように、ポカンとした表情で。
「公方様、姫をお泣かせしたとお聞きいたしましたが。」
夕餉の時、給仕に当たっていたのは正家だった。
開口一番、そんなことを言ってくる。
可愛い顔に、精一杯皺を寄せて睨んでくる。
まあ、残念ながら顔があまりにも可愛いつくりなので、全く怖くない。
「姫は将来の将軍御生母になるやも知れぬお方!!
そんな大切なお方を泣かせるなど、何をしていらっしゃいますか!!!」
予想外の台詞に、思わず脱力する。
それと、盛大なため息をひとつ、おまけに。
「公方様!!」
完全に勘違いしているようなので、未来から来たことを隠して適当に説明しておく。
そうしなければ、正家はいつまでも噛み付いてくるから。
ガルルル、と犬が敵を威嚇するみたいに。
こいつの場合、子犬と言ったほうが正しいのだがな。