花日記
*親父
俺の親父は、偉大だった。
だった、ではなく、偉大だの方が正しいのではないか、と思うくらい、今なお絶大な影響力を持っている。
俺はそんな親父が苦手だ。
威圧的で、圧倒的。
だから、あまり顔を合わせないようにしたことだって、多々ある。
偉大な親父を背負う息子の気持ちなんて、露も知らない親父から逃れるために色街出たのが、俺の脱走癖の始まりだった。
親父の部屋の前で足を止め、成兼に取り次がせる。
成兼はすぐに戻ってきて、俺は部屋に足を踏み入れた。
「父上、お呼びでございますか。」
親父の真正面に座り、頭を下げる。
「うむ。」
低く、威圧的な声。
時にはあらゆる者を恐れさせる、親父の、声。
手が少し汗ばむ。
それを悟られないように、頭を上げた。
「そなたが、側室を取ったと聞いた。」
「もう、ご存知でしたか。」
「どこの娘だ。」
それは暗に、有力守護や公家の娘ではなくてはならないと言っている。
身分なんぞない、町娘や白拍子では、駄目だと。
綾子は、未来から来たから、もちろん身分なんて、ない。
どうする…?
「よもや、遊女ではあるまいな。」
「と、申しますと?」
「そなたが時折、街に出ておるのは知っておる。
そこで、遊女を見初めても可笑しくはあるまいて。」
親父は口元だけでニヤリと笑う。
しかし、目は全く笑っていない。
「……綾子は、そのような卑しい身分の者では、ございませぬ。」
未来から降ってきた、あの姫は。
決して、そんな女ではない。