花日記
*遊女
「公方様!」
なに?
俺は今、そっけない小袖を見に繕い、誰がどう見てもただの男だ。
それを、身分がわかった上で俺を呼ぶということは、まさかとは思うが…。
「何をなさっておいでなのです?
あなた様は、御所におわしませぬと…」
どうも、聞き覚えのある高い声だと思ったら、声の主は夕凪だった。
白拍子の水干姿ではなく、桜色の見覚えのある小袖を着ている。
「おまえこそ、何をしている?
ここは、お前のような者がくる所ではなかろう。」
俺がそう言うと、夕凪は困ったように顔を伏せた。
「私は、一座の者の使いで参っただけでございます。」
「…そうか。」
夕凪の言葉には、これ以上聞いてくれるなと言う雰囲気をまとっていた。
「それよりも、危ない所でございました。
あの者は、ここらでも有名な乱暴ものでございますゆえ。」
「そうか。
すまなんだな。」
「いえ。
もう行ったようにございます。」
夕凪がここに引き込んでくれなければ、今ごろ喧嘩騒ぎでは済まないことになっていたかもしれない。
検非違使やら、俺の警護にあたらされている連中がわんさか飛んでくるだろうから。
そうしたら、あの大男の命はないにも等しかっただろう。