花日記
しばらく、沈黙の時間が流れた。
成兼と正家は、何も言わずに俺をじっと見て来る。
夕凪は、ただただ、この時が早く終わって欲しいと願っていただろう。
「成兼、…夕凪を、頼んだ。」
俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
決して本心ではなく、けれど偽りでもない。
よくわからない感情に、俺は流された。
成兼は俺には何も言い返さずに、はっ、と了承したことを伝えた。
夕凪は、そんな俺をじっと見つめている。
身勝手なのは、百も承知だ。
ここまで連れてきたのに、何を今更言っているのだろう。
それでも、夕凪に昨日と同じ朝を迎えて欲しいと思った。
正家は呆然と俺を、いや、夕凪を見ている。
また煩い説教があるだろう。
「夕凪殿、参りますぞ。
決して逸れませぬように。」
成兼はそれだけ言って、夕凪と共に部屋を後にした。
正家と俺だけが残される。
「く、公方様…。」
正家は必死に言葉を探しているようだった。
「私はこれにて、失礼してもよろしゅうございましょうか。」
正家らしからぬ言葉だった。
絶対、説教が待っていると思ったのに。
「ああ、構わん。
許す。」
俺は、普段とは別人なような正家を、黙って見送ることしかできなかった。