花日記

しばらく、沈黙の時間が流れた。



成兼と正家は、何も言わずに俺をじっと見て来る。



夕凪は、ただただ、この時が早く終わって欲しいと願っていただろう。



「成兼、…夕凪を、頼んだ。」



俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。



決して本心ではなく、けれど偽りでもない。



よくわからない感情に、俺は流された。




成兼は俺には何も言い返さずに、はっ、と了承したことを伝えた。




夕凪は、そんな俺をじっと見つめている。



身勝手なのは、百も承知だ。



ここまで連れてきたのに、何を今更言っているのだろう。



それでも、夕凪に昨日と同じ朝を迎えて欲しいと思った。



正家は呆然と俺を、いや、夕凪を見ている。



また煩い説教があるだろう。



「夕凪殿、参りますぞ。
決して逸れませぬように。」



成兼はそれだけ言って、夕凪と共に部屋を後にした。



正家と俺だけが残される。



「く、公方様…。」



正家は必死に言葉を探しているようだった。



「私はこれにて、失礼してもよろしゅうございましょうか。」



正家らしからぬ言葉だった。



絶対、説教が待っていると思ったのに。



「ああ、構わん。
許す。」



俺は、普段とは別人なような正家を、黙って見送ることしかできなかった。

< 87 / 103 >

この作品をシェア

pagetop