クロトラ!-妖刀奇譚-
沙市は絶望的な気分におちいると同時に、今自分の手を握り締めている女の性質が理解できた気がした。
――"母"は、己が望むことは人にも正しいことなのだと思っているのだろう。
彼女は今「私の勝手で寂しい思いをさせた」と言った。それは事実ではあるが、彼女はそれを「償う」という提案すらも己の身勝手だということを分かっていない。
だって沙市は償いなんて望んでいない。
それどころか、母との再会すら望んでいなかったのに。
きっと自分を捨てたときもそうだったのだろうと、沙市はぽつりと考えた。
――「この子のためなの」と祖母に手の掛かる赤子を押し付けて夫を追い、いざ思い通りに夫が振り向いてくれなくなったら、何もかも終わりだと絶望して行方をくらます…
そんな、安っぽいドラマみたいなシナリオが目に浮かんだ。
"母"が沙市を引き取ることなど沙市は願わないし、何より祖母が許さないだろう。
それでもきっと"母"は、「償いをするのだ」という一心で強引にでも沙市を手に入れようとするのではないだろうか…。
そしてその祖母と"母"の戦いが、沙市の世界を破滅させるのだ。
たとえその戦いに祖母と沙市が勝利したとしても、沙市には「自分は親に捨てられた子なのだ」という事実が残る。決してその戦いの痕は元通りにはならないのだ。