クロトラ!-妖刀奇譚-
「お頼み申す」
ある日の夕刻。
片眼の男が営む屋台に、1人の客が訪ねてきた。
「へい。いくつ包みましょう?」
男は無愛想ながらも堂に入った商人口調で応える。
――数年前、廃刀令が布かれ、士農工商の身分がなくなった。男は以来、弁当屋としてつましい生活を送っている。
ちなみに弁当屋といっても、売るのは握り飯だけである。味も梅干しか塩の2つきり。
主な客は貧しい日雇いの人足だった。
…ところが、この客はどうも毛色が違う。
「塩を2つもらおう。」
「かしこまりまして。」
かがみこんで握り飯を包みながら、男は残った右眼で客の風体をさっと眺めた。
――くたびれた小袖に袴、笠を被っていてよく見えないが、どうやら総髪※。
背負った包みは細長い…中味は長脇差しか。
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※総髪…侍独特の"さかやき"を剃っていないまげのこと。
幕末の頃に流行した。